リアル『東京島』・・・アナタハン島で終戦後起きた不思議な事件

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サイパン島から北方約117キロに位置するアナタハン島は、東西の長さ約9キロ・幅3.7キロの小島で、最高点は海抜788メートルというなだらかな小島であった。
この太平洋の孤島アナタハン島で、1人の女「比嘉和子」と32人の男達が共同生活していくうちに、男性達がその女性を巡って争うようになり、男性が次々に行方不明になったり殺害されたりしたことで島はサバイバルの様相を見せた事件である。
画像  
【比嘉和子(1952年)-朝日新聞社】
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概要
南洋興発株式会社社員の妻である比嘉和子、同社社員の男性上司、帝国陸海軍の軍人・軍属31人の計32人(日本人)は当初は全員で共同生活を送っていた。
米軍は拡声器で島の住人達に日本の敗戦を知らせたが、アナタハン島の日本人は誰も信じなかった。

1946年8月、彼らはB-29の残骸を発見し、残骸の中から発見された4丁の拳銃を組み変え、2丁の拳銃が作られた。これ以降、銃の存在が権力の象徴となり、以来女性を巡って、男性達の間で公然と殺し合いが行われるようになった。
この後、1950年6月、米国船の救出によって女性が脱出し、翌1951年6月には生き残った男性19人も救出された。この事件で死亡した男性は行方不明を含め13人にのぼった。

アナタハン島の女を巡る一連の怪事件が戦後、大々的に報道され、日本国内で「アナタハンブーム」となり、女性のブロマイドがとても売れた。女は男を惑わす女として報道され、大衆の好奇の目に晒された。映画化もされた。
終戦の混乱と米国信託統治の関係から権力空白地帯で発生した事件のため、現在でも死亡の原因について不明な点がある。
(wikipediaより)
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近年『東京島』という小説、同名映画が出版され、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

生きるか死ぬかの極限状態、女性が一人、とても現代生活からは想像もつかないような状況ですが、現実に起こった出来事があったんですね。

帰国後の比嘉和子さんはどのような想いであったのでしょうか?

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